エンジニア3年目のブログ

Javaエンジニア3年目のブログです。

機械学習について思ったことを書いとく

どうもShZgZです。

 

継続的にブログを書くことが出来る人たちは本当に凄いと思います。

が、それでも私はなんとなく書きたいなと思ってときだけ書きます。

 

今回はタイトルの通り、機械学習についてちょっと思ったことをメモっておきます。

 

昨今、やれ人工知能だとか機械学習だとかディープラーニングだとか騒がれてますが、全くもって便利なもんだと思います。

 

ディープラーニングの仕組みとかも面白くて、久しぶりに数学に触れた感じがしました。証明しようとしたら大変だろうけど、なんとなく概要を理解して計算を実装することは結構簡単なので是非やってみて下さい。

ちゃんと読んだのこれしかないんですが、概要掴むのには丁度良かった。

 

で、さっきちょろっと考えたことです。

※ただ、一つ注意して下さい。ちょっとネガティブっぽいこととかポジティブっぽいこととか言いますが、機械学習の構造は理解してるけど、別段機械学習を仕事とか趣味で使ってる訳でも無い人間が言っていることです。

 

機械学習人工知能の性能はガンガン上がってると感じる一方で結局責任の所在はどうなるんだろう?と。

 

名目上とか、法律上はまぁそれらの人工知能を運営してる会社なり団体なりの責任になるんだろうとは思うんですが、そういうのではなくて自分が本当に人工知能だけを完全に信頼できるようになるのかということを考えました。

 

今も翻訳とか記事を書くこととか、作曲だとかを計算機に任せるってことは既に実現しているし、結構な精度だと思います。この辺の行為に関しては、特にリスクが高い訳でもないし、とりあえずやってみて良かったらまた使うってことでいいとは思います。

 

ただ、自動運転とか手術とかはどうなのか?

考え易いのは自分の手術かな。(ただ、私には物心ついてからの手術経験無いので想像ですが。)

 

命が掛かっていたり、失敗したら障害が残ってしまうような手術で人工知能に全てを任せることができるようになるのかどうか。

今後、人工知能の性能が上がっていって(症例が増えればテストデータも増えるし、学習精度も上がっていくことでしょう。)お医者さんよりも手術の成功確率が上がる時代は来るでしょう。ただ、そのときにじゃあ人工知能さんに手術をお願いしますっていう風に簡単に言うのは中々踏ん切りがつきません。

 

人工知能の精度は上がっていったとしても精度は100%にはならない訳で、それに対して状況は千差万別。他の人たちでは大丈夫だったとしても、自分の場合はおかしな挙動をしてしまうってことはありうるのではないかと。

人間だってミスはします。そりゃ無いに越したことは無いけど、するもんはします。人工知能もその性質上ミスでは無いのですが、明らかにおかしい挙動をすることがあります。そのような明らかな異常行動さえなければ手術でも任せられるんだと思います。

そういう意味で、今は人工知能と人間が協力しあっていく方向になっていっている。道具として使うのではなく、その人工知能の人格?人間性?ちょっと違う気もするけど(そもそも人間じゃないしね)、その人工知能の性格みたいなものを理解し、協力しあっていくということになっていくのだろうと思っています。

 

それはいい方向性だと思います。ただ、それでもヒューマンエラーは起こりうる訳で、人が介在せず、計算機が全てを行う方がミスは減らせるだろうとエンジニアながらに考えてしまうわけです。

 

ただ人と機械が協力しあって生きていくって小さい頃に見ていたアニメのようでとても良いと、高ぶる気持ちはあります。それがいつまでも続くことなのか、どこかでやはり機械だけになっていってしまうのか。どうなんでしょうか。

 

思ったままに書きましたが、結論から言いますとアニメ大好きです。